宮交バス写真館 宮崎22か401〜
モノコックとスケルトンの過渡期にあたります。
この世代が現在宮交で活躍している車両の最古参です。
登録番号宮崎22か 404
車種いすゞK-CRA580
製造年1980年
所属延岡(営)
撮影地延岡駅前
(写真提供:がんちゃん様)
コメント403の兄弟車。
CRAは純正の川重の他に西工による架装もあった。
05年頃廃車された模様。
登録番号宮崎22か 409
車種三菱K-MS615N
製造年1981年
所属延岡(営)
撮影地延岡駅前バスセンター 2006.5
(写真提供:わかあゆ626さん)
コメント409は宮交で最後まで一般路線で活躍したモノコック車だった。
最終期は保健福祉大学の学生輸送から、青雲橋を越え観光客輸送で高千穂までとオールマイティーな活躍を見せた。
2006年夏、後継の貸切落とし登場により長い活躍にピリオドを打った。
宮交の貸切落としモノコックでは多く見られた西工ボディだった。
登録番号宮崎22か 410
車種三菱K-MS615N
製造年1981年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2006.7
コメント最後は日章学園野尻、小林コースや教習車として活躍した。
2006年夏、小林から来た511に取って代わられ、廃車となった。
登録番号宮崎22か 411
車種三菱K-MS615N
製造年1981年
所属中央(営)
撮影地源藤車庫
(写真提供:がんちゃん様)
コメント最後は宮崎市内線で活躍したものと思われる。
高鍋や綾など、比較的距離の長い路線を中心に走った。
2004年頃廃車された模様。
登録番号宮崎22か 414
車種日野K-RV732P
製造年1981年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント純正のRV。
希望ヶ丘、月見ヶ丘など宮崎市南部の団地と宮崎神宮を結ぶ路線でも走った。
つい最近まで源藤車庫にあったサボ置き場と大量の市内線サボは、この車たちが使っていたものである。
登録番号宮崎22か 416
車種日野K-RV732P
製造年1981年
所属中央(営)
撮影地源藤車庫 2006.7
コメント99年頃までは150番線高鍋行きや、比較的道幅の広い市内線に使われていた記憶があるが、近年は専ら訓練車として動いていた。
青バス75やCSA511と隊列を組み、R269を経由して霧島や大隅まで教習に行く姿はまさにクラシックバスの大名行列のようで圧巻だった。
貴重な日野の純正ボディだったが2007年、CSA508の教習車転用により姿を消した 。
登録番号宮崎22か 417
車種いすゞK-CRA580
製造年1981年
所属中央(営)
撮影地源藤車庫
(写真提供:がんちゃん様)
コメント純正のCRA。
現在も同型車の青バス75が最後の活躍を続けているが、かつてはえびの高原、都井岬、高千穂など県内の観光地に行くと必ず見かける(観光)バスだった。
登録番号宮崎22か 418
車種三菱K-MS615N
製造年1981年
所属延岡(営)
撮影地延岡駅前
(写真提供:がんちゃん様)
コメントこちらは呉羽ボディ(純正)のMS。
宮交のMS6系は呉羽、西工、富士と車体のバラエティが楽しめる車種だった。
登録番号宮崎22か 419
車種三菱K-MS615N
製造年1981年
所属小林(管)
撮影地橘通り3丁目 2004.5
コメント既廃車。
22か500番台のMSが大量に路線に降りて来た時に廃車されたものと思われる。
登録番号宮崎22か 421
車種三菱K-MS615N
製造年1981年
所属延岡(営)
撮影地延岡営業所
(写真提供:がんちゃん様)
コメント自社発注の呉羽ボディのMSは県北の営業所のみに配置されていた。
その為、MS6系は西工架装がほとんどの宮崎地区では縁遠い車両であった。
登録番号宮崎22か 422
車種いすゞK-CJM470
製造年1981年
所属延岡(営)
撮影地延岡駅前
(写真提供:がんちゃん様)
コメント県北にだけ在籍した前中ドアのCJM。
宮崎地区は前後扉だったので、この車を写真で見た時は驚きだった。
2003年頃までこの懐かしい幕を掲出して走っていたようだ。
登録番号宮崎22か 425
車種いすゞK-CJM470
製造年1981年
所属延岡(営)
撮影地延岡駅前
(写真提供:がんちゃん様)
コメントこちらは新幕に交換されていたようだ。
前中扉のモノコックはひときわ目をひいた。
登録番号宮崎22か 429
車種日産ディーゼルK-U31K
製造年1981年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント一昔前まで、市内線ではポピュラーな存在だった前後扉の大型車。
板張りの床、レザー張りのシート、カラフルな吊革と、幼心にもかなりインパクトのある車だった。
もう少し残るかと思っていたが、2002年のエルガミオ、スペースランナー投入攻勢により廃車された。
登録番号宮崎22か 431
車種日産ディーゼルK-RA51R
製造年1981年
所属日南(管)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント2004年頃までRMやエルガミオに混じって宮崎〜日南線を疾走していたが、700番台RAの路線転用とともに玉突きで廃車されたようだ。
登録番号宮崎22か 433
車種いすゞK-CRA580
製造年1981年
所属西都(管)
撮影地西都管理所 2004.5
コメント路線車のCRAとしては最後まで残った車ではないだろうか?
最後は宮崎養護学校のスクールバスとして役目を果たした。
2005年、籍を外れ廃車された模様だ。
登録番号宮崎22か 439
車種日野K-RV732P
製造年1981年
所属西都(管)
撮影地西都管理所 2004.5
コメント最後は西都ローカルで活躍した。
西工ボディは三菱、いすゞ、日野の3社のシャーシに架装されていたので、判別はかなり困難だ。
登録番号宮崎22か 457
車種三菱K-MK116J
製造年1982年
所属都城(営)
撮影地都城営業所 2006.6
コメント457は宮交最古のMKであった。
所属は延岡〜宮崎〜都城と、徐々に南下して来た。
典型的な転属のやり方で、都城にはお古が集まる傾向がある。
(近年はノンステ車の導入で改善されたように思われるが・・・)
2006年秋、廃車された。
登録番号宮崎22か 460
車種三菱K-MK116J
製造年1982年
所属都城(営)
撮影地都城営業所 2006.6
コメント都城のMKは、政矢谷、川原谷、上尾平野と狭い所にどんどん入り込んで行く。
都城は狭隘路線が多いので、空港リムジン、貸切落とし以外の路線大形車の配置は0だ。
この車は2006年秋、廃車された。
登録番号宮崎22か 461
車種三菱K-MK116J
製造年1982年
所属延岡(営)
撮影地延岡整備工場 2006.8
コメントSUNQパスシールが貼られていたものの、2006年4月以降は全く走ることは無く、延岡整備工場の片隅で最後の時を待っていた。
2006年秋、ナンバーを切られ廃車された。
登録番号宮崎22か 462
車種三菱K-MK116J
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地源藤車庫
(写真提供:がんちゃん様)
コメント宮営に新製配置。一時期日向で活躍していたが、廃車前に中央に転入したものと思われる。
2004年頃廃車された模様。
登録番号宮崎22か 463
車種三菱K-MK116J
製造年1982年
所属都城(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント宮営に新製配置、以来20年以上生え抜きで活躍した。
2004年頃に都城に転属し、2005年頃廃車されたものと思われる。
登録番号宮崎22か 465
車種三菱K-MK116J
製造年1982年
所属小林(管)
撮影地宮崎空港
(写真提供:がんちゃん様)
コメント宮営に新製投入。2002年頃に日南に転属したが、車検切れ直前に小林に転属し、537にバトンタッチするまでつなぎ役を果たした。
側面広告はそのまま537に引き継がれたようである。
登録番号宮崎22か 466
車種三菱K-MK116J
製造年1982年
所属宮交タクシー日向(営)
撮影地日向市北町 2006.8
コメント2006年末から、宮交グループの一般路線車最古参となった。
宮営で活躍し、のちに延岡に転じていたが、2005年頃に子会社である宮交タクシーに移籍し、貸切代替路線である日向ー宇納間線の固定運用車となる。
担当ダイヤは完全に固定されており、宮交本体(日向管理所)の車両と交互に宇納間線を担当する。
音声合成装置も取り付けられており、まだまだ使う気満々のようだ。
登録番号宮崎22か 469
車種三菱K-MK116J
製造年1982年
所属日南(管)
撮影地油津駅前BC 2006.4
コメント宮営に新製配置されたが、比較的早期(98年頃?)に日南に転じ、油津駅前駐在として県南のローカル線で活躍した。
他車がローマ字幕化される中、最後までローマ字なしの旧幕で通した。
2006年夏、536,538の転入により引退した。
登録番号宮崎22か 470
車種三菱K-MK116J
製造年1982年
所属宮交タクシー日向(営)
撮影地ロックタウン日向 2004.4
コメントこの車は当初から日向で活躍していたようだが、宇納間線の貸切代替化に伴い子会社に移籍し固定運用車に抜擢される。
しかし状態が悪かったのか、2006年頃にわずかながら先輩である466に交代し廃車された。
登録番号宮崎22か 473
車種日野レインボーK-RJ172AA
製造年1982年
所属日南(管)
撮影地日南市星倉 2006.4
コメント初代レインボー。
投入当初はモノコック車だらけの中でひときわ目を引いたことだろう。
中央で活躍していたが後に日南に転属し、串間車庫で活躍した。
2006年廃車。
登録番号宮崎22か 474
車種日野レインボーK-RJ172AA
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント初代のレインボーは側面幕が腰部に埋め込まれている。
お年寄りには見やすい表示だったが、その後の車両では窓上部となったので評価が分かれるところだ。
登録番号宮崎22か 475
車種日野レインボーK-RJ172AA
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント現在の新方向幕になるまで宮崎地区の車には回送幕が無く、このように回送時は「宮崎交通」幕を掲出して対応していた。
この写真の場合は車内に乗客がいるので、月見ヶ丘、希望ヶ丘方面から宮交シティ止として到着したところと思われる。
登録番号宮崎22か 478
車種日野レインボーK-RJ172AA
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮崎駅前
(写真提供:がんちゃん様)
コメント側面方向幕が腰部にある82年式RJの中では最後まで残った車の一つ。
新方向幕化後も活躍を見せたが、2006年春廃車された。
登録番号宮崎22か 479
車種日野レインボーK-RJ172AA
製造年1982年
所属西都(管)
撮影地西都バスセンター 2004.5
コメント400番台のRJは西都でも活躍した。
晩年はJR九州バスから引き継いだ村所線でも活躍したが、2005年の新車投入により廃車された。
登録番号宮崎22か 481
車種日野レインボーK-RJ172AA
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント側面方向幕が腰部にあることで窓が整然と並んでいる印象を受けるのはこの世代の特徴。
しかし見てくれは良いものの、側面幕部の座席は窮屈であった。
登録番号宮崎22か 482
車種日野レインボーK-RJ172AA
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント今や行先も車両も過去の物。
写真の32番線は現在朝の都城特急片道1本のみが走るルートをほぼ踏襲していた。
宮交シティと生目台を最短距離で結ぶ路線であったが、橘通りを経由しないことから利用が伸び悩み、宮交再建の路線リストラの対象に真っ先に挙げられてしまった。
登録番号宮崎22か 483
車種日野レインボーK-RJ172AA
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地源藤車庫 2006.5
コメントかつては高鍋所属、晩年に中央に転入し定期運用離脱後は燃費調査車として車内に検測器具を搭載し各地を行脚した。
しかし2007年春、廃車された。
登録番号宮崎22か 485
車種日野レインボーK-RJ172AA
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント宮交のスケルトン化の嚆矢となったこの世代の車。
かつて市内線ではごく当たり前に見られる車両であった。
外見が後発のRJとあまり変らないことからひっそりと姿を消してしまったのは惜しまれるところだ。
登録番号宮崎22か 486
車種日野レインボーK-RJ172AA
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメントよほど使いやすかったのか、この世代のRJは20年以上に渡って宮崎市内で活躍した。
路線車のダウンサイジング化に貢献した功績は計り知れない。
登録番号宮崎22か 489
車種日産ディーゼルK-RM80G
製造年1982年
所属都城(営)
撮影地都城営業所 2006.6
コメント日デの中型車が入りだしたのもこの時期から。
長年宮崎市内で活躍したが、この車は晩年を都城で過ごした。
この世代の中では最後まで生き残り、2006年秋廃車された。
登録番号宮崎22か 491
車種日産ディーゼルK-RM80G
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント市内線の主力として活躍した初期RMだが、600番台以降の後輩のRM登場後は終始目立たない存在であった。
登録番号宮崎22か 494
車種日産ディーゼルK-RM80G
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント標準前面窓のRMも今や思い出。
当初は宮営で活躍し、後進の中型車に押されて中央に転属した。
新方向幕化後もしぶとく走ったが、2006年春廃車された。
登録番号宮崎22か 495
車種日産ディーゼルK-RM80G
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメント側面窓が各所で歪んでいるのは、バランサーが壊れているからだろうか。
満身創痍の姿で路線を走り続けていたのに心が痛む。
登録番号宮崎22か 497
車種日産ディーゼルK-RM80G
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
(写真提供:がんちゃん様)
コメントこの行先「西の原→宮交シティ」は読んで字のごとく生目台、大塚、小松方面からのシティ行きの便が掲出する幕であり、この場所(シティの出発ホーム)では出るはずのない幕であるが、巻き替えを忘れて回送していたと考えるのが妥当だろう。
登録番号宮崎22か 500
車種日野K-RU606AA
製造年1982年
所属中央(営)
撮影地源藤車庫
(写真提供:がんちゃん様)
コメントかなりの珍車として全国的に注目された車。
なんぷう、はまゆう用→空港リムジン→路線と流転したが、元々この車のシャーシは路線向けらしい。
最後は高鍋から貸高に転入し、綾始発の北高・日大行きに使われたが、そのスジを567が担当するようになってからは訓練車として活躍した。
2006年廃車済み。