<INDEXへ戻る> 宮交バス写真館 宮崎22か901〜
この世代の途中からU-規制車になります。
ちょうど各メーカーのモデルチェンジ時期にあたり、新しい形の車がデビューしました。 /tr> /tr> /tr> /tr> /tr> /tr>
登録番号宮崎22か 901
車種日野ブルーリボンP-RU638BB
製造年1990年
所属西都(営)
撮影地宮交シティ 2012.10
コメント 飛行機マークの行灯装備車は空港リムジン生え抜きの証。 20年余りにわたって宮崎と都城を往復し続けた。
2012年、終の棲家と思われていた都城を離れ延岡に転属。 日向詰で日章学園スクールバスに運用されたが、定員の少なさが嫌われ、10月には西都に再転属。 その際に前面幕がLED化され、表情が一変した。
登録番号宮崎22か 902
車種いすゞスーパークルーザーP-LV719R
製造年1990年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2012.1
コメント標準的なハイデッカー貸切車。
まとまった数が在籍するので、学校の遠足や修学旅行などの悌団輸送に大活躍する。
登録番号宮崎22か 903
車種いすゞスーパークルーザーP-LV719R
製造年1990年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2008.2
コメントこの年は902〜907の堂々6台のスパクルが投入された。
時はバブル真っ盛り、この年は例年にない規模の新車投入がなされている。
登録番号宮崎22か 904
車種いすゞスーパークルーザーP-LV719R
製造年1990年
所属延岡(営)
撮影地熊本駅前 2011.9
コメント長らく貸切用途であったが、2011年、路線へ転用。
熊本線あそたかちほ号の専属車として熊本駅前までやってくる。
登録番号宮崎22か 905
車種いすゞスーパークルーザーP-LV719R
製造年1990年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2012.1
コメント日向→貸高という経歴。
日向管理所の廃止に伴い、県北から貸切が転入してきた。
登録番号宮崎22か 906
車種いすゞスーパークルーザーP-LV719R
製造年1990年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2012.1
コメントこのクルマも日向→貸高。
宮崎地区の貸切世代交代も進んでいる。
登録番号宮崎22か 907
車種いすゞスーパークルーザーP-LV719R
製造年1990年
所属日南(管)
撮影地飫肥 2012.1
コメントバンパーが青に塗られている数少ないスパクルだったが、2008年、黒に塗り替えられてしまった。
登録番号宮崎22か 909
車種日産ディーゼルP-RM81GR
製造年1990年
所属西都(管)
撮影地宮交シティ 2007.2
コメント外見では見分けがつかないが、エアサスをおごる。
金回りのよかった時代なので、路線車にまで高級仕様を施している。
登録番号宮崎22か 910
車種日産ディーゼルP-RM81GR
製造年1990年
所属中央(営)
撮影地橘通り1丁目 2011.8
コメント中央ではトラの子のエアサスRM。
2008年1月、1054とバトンタッチしてホテルブリズベンのラッピング車となった。
現在は宮交色に戻っている。
登録番号宮崎22か 911
車種日野レインボーP-RR172CA
製造年1990年
所属中央(営)
撮影地宮崎駅 2011.10
コメントこの年式からレインボーは車体が大幅にモデルチェンジされた。
エアサスが標準仕様となり、若干乗り心地が向上した。
2007年4月、鮮やかなオレンジ色が映えるサンAラッピング車となった。
2009年、広告主そのままに今度は青基調のラッピングとなり、イメージががらりと変わった。
登録番号宮崎22か 912
車種日野レインボーP-RR172CA
製造年1990年
所属中央(営)
撮影地宮交シティ
コメントRRの1次車はヘッドライトが丸目4灯である。
私事だが管理人はこの丸目ゆえに小さい頃MKと910番台のRRの区別がつかなかった。(笑)
登録番号宮崎22か 913
車種日野レインボーP-RR172CA
製造年1990年
所属都城(営)
撮影地都城営業所 2012.1
コメント913〜916は都城、高鍋、小林、日南に1台ずつ投入された。
高鍋以外は2次車投入に備えた慣らし的な投入の感が強い。
登録番号宮崎22か 914
車種日野レインボーP-RR172CA
製造年1990年
所属中央(営)(旧高鍋グループ)
撮影地高鍋車庫 2012.10
コメント丸目2灯のレインボーが多数を占める高鍋では異色の丸目4灯RR。
105番線(宮崎ー高鍋線)でこの車に当たったらラッキーである。
2011年末の車体更正の際、シートカバーが新車準拠の青色のものに変更された。
登録番号宮崎22か 915
車種日野レインボーP-RR172CA
製造年1990年
所属小林(管)
撮影地小林管理所 2011.12
コメントこの仕様の車は中央以外では各所とも1台ずつなので、遠くからでも容易に車番を特定できる。
京町、高原などのローカルの他、R221経由で都城にも乗り入れる。
登録番号宮崎22か 916
車種日野レインボーP-RR172CA
製造年1990年
所属日南(管)
撮影地油津駅前BC 2012 .1
コメント2006年春の時点では串間車庫駐在となっていた。
現在は油津に所属している。
登録番号宮崎22か 917
車種三菱エアロミディP-MK517JF
製造年1990年
所属延岡(営)(旧高千穂グループ)
撮影地延岡駅 2011.6
コメントモデルチェンジされて初のMK投入。
この世代から車体は新呉羽製となっている。
1053の中央転出後、高千穂ではトラの子の三菱中型車だ。
登録番号宮崎22か 918
車種三菱エアロミディP-MK517JF
製造年1990年
所属延岡(営)(旧日向グループ)
撮影地延岡バスセンター 2011.6
コメント日向生え抜きのMK。
エアサスだが、椎葉の山道との相性はどうなんだろう。
生え抜きだけに旧幕が入っている。
登録番号宮崎22か 920
車種三菱U-MS726S
製造年1990年
所属貸切高速(営)
撮影地宮崎駅 2006.4
コメントごかせ用として専用塗装で延岡に投入、のちに宮交色に塗り替えられて貸切高速に転入し現在は熊本線なんぷう号で走る。
共同運行相手の西鉄に合わせたのか、三菱車では珍しい西工ボディを架装する。
1台のみの珍車だ。
2007年、引退。
登録番号宮崎22か 921
車種三菱エアロバスU-MS726S
製造年1990年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2012.1
コメントスイングドア、固定窓装備のエアロバス。
現在はワンマン化改造を受け、高速はまゆう号に使われている。
登録番号宮崎22か 922
車種三菱エアロクイーンM U-MS729S
製造年1990年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2006.5
コメント延岡ー大阪線夜行「ひえつき号」に新車投入されたものの利用が伸びずいち早く廃止され、貸切高速に転じてなんぷう、夜行フェニックスの続行便として余生を送る。
モデルチェンジされたエアロクイーンM、いわゆるパンダだ。
2008年頃引退。
登録番号宮崎22か 923
車種三菱エアロバスU-MS726S
製造年1990年
所属貸切高速(営)
撮影地新田原基地 2011.12
コメントこのボディのエアロバスとしては末期の部類である。
モデルチェンジ直前の車。
登録番号宮崎22か 932
車種いすゞスーパークルーザーP-LV771R
製造年1991年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2007.2
コメントついにスーパーハイデッカーの貸切も投入。
932,933が兄弟で投入された。
案外稼働率は高いようである。
登録番号宮崎22か 933
車種いすゞスーパークルーザーP-LV771R
製造年1991年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2012.1
コメントスーパーハイデッカーは隊列が組みにくいので多くの会社では嫌われる傾向にあり、この車も単発で済む社員旅行などの小口貸切で走ることが多い。
登録番号宮崎22か 934
車種三菱エアロクイーンM U-MS729S
製造年1991年
所属貸切高速(営)
撮影地宮交シティ 2007.6
コメント元延岡ー大阪線夜行ひえつき号。
独立3列シートを装備する。
2007年4月より、1日1往復の鹿児島線はまゆう号のノンストップ便専用車となった。
しかしこれが最後の花道、2008年の廃止と運命を共にした。
登録番号宮崎22か 935
車種三菱エアロクイーンM U-MS729S
製造年1991年
所属延岡(営)
撮影地延岡駅前BC 2006.11
(写真提供:わかあゆ626さん)
コメント延岡生え抜きのパンダ。
元々ひえつき用として投入されたが路線廃止で職を失い、現在はごかせ号続行便専用車として余生を送る。
2007年頃引退。
登録番号宮崎22か 936
車種日野セレガ U-RU3FTAB
製造年1991年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2007.2
(写真提供:わかあゆ626さん)
コメントスーパーハイデッカーとして高出力のセレガGDを投入。
現在も貸切バスパンフレットの一面を飾る車だ。
登録番号宮崎22か 937
車種日野セレガ U-RU3FTAB
製造年1991年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2006.12
コメント4列シートながら高速車とほぼ同グレードを誇るスーパーハイデッカー。
セレガ初投入でもある。
最近は稼働率が上がっているようで、車庫にいないことが多い。
登録番号宮崎22か 938
車種日産ディーゼルU-RA520TBN
製造年1991年
所属都城(営)
撮影地宮崎営業所 2007.2
コメント空港リムジン用として938,939の2台がスペースアローで投入。
生え抜きで16年以上空港リムジンで頑張っている。
登録番号宮崎22か 939
車種日産ディーゼルU-RA520TBN
製造年1991年
所属都城(営)
撮影地宮崎駅 2012.2
コメント空港リムジン用に投入された高出力のRA。
この後もはまゆう用、シーガイア線用として投入が続いた。
登録番号宮崎22か 947
車種日産ディーゼルP-UA33N
製造年1990年
所属中央(営)(元宮営グループ)
撮影地宮崎駅 2012.5
コメント時期的には800番台の車両なのだが、なぜか900番台に属する。
1年以上も登録を保留していたのか、全く謎だ。
元ANAラッピング。2008年5月、83にラッピングの座を譲り宮交色に戻された。
登録番号宮崎22か 951
車種三菱エアロバスU-MS726S
製造年1992年
所属西都(管)
撮影地西都管理所 2007.2
(写真提供:わかあゆ626さん)
コメント2007年、貸切高速から転入した。
元は青バンパーだったのだが、西都転入直後に黒に塗り替えられたらしい。
この車の転入によって間接的に延岡の貸切落としの若返りが図られた。
登録番号宮崎22か 952
車種三菱エアロバスU-MS726S
製造年1992年
所属延岡(営)
撮影地宮交シティ 2012.5
コメント2006年、日南から転入。
バンパーまで青色にしてしまったのには賛否両論ある。
一部の車はすでに黒に戻されてしまったようだ。
登録番号宮崎22か 955
車種三菱エアロミディU-MK517J
製造年1992年
所属中央(営)
撮影地延岡駅 2011.6
コメント延岡→中央→都城→延岡→中央という経歴。
宮崎銀行のラッピング車だったが、2008年2月、宮交色に戻された。
それもつかの間、2008年秋には東京海上日動のラッピング車となった。
ラッピング車は運行場所の制約があるのか、都城、延岡とたらい回しにされ、結局中央に帰ってきた。
登録番号宮崎22か 956
車種三菱エアロミディU-MK517J
製造年1992年
所属中央(営)
撮影地橘通り3丁目 2011.11
コメント延岡生え抜きのMKだったが2006年春、県北路線縮小のあおりを受け中央に転入した。
独特なドアブザー音を出し、クセのある一台だ。
国富待合所の駐在車で、現在はジンケンジャーのラッピング。
登録番号宮崎22か 957
車種日産ディーゼルスペースランナーU-JM210GCN
製造年1992年
所属中央(営)
撮影地源藤車庫 2008.10
コメント日デ+西工が純正となった初めての車種。
高価な1枚ガラスをフロントに装備する。
方向幕は吊り下げ式と、新製当時としては斬新なデザインだった。
2007年6月、コインランドリー「WASHハウス」のラッピング車となったが、2008年解除。
現在は緑の募金ラッピングを纏う。
登録番号宮崎22か 958
車種日産ディーゼルスペースランナーU-JM210GCN
製造年1992年
所属中央(営)
撮影地宮崎駅 2012.2
コメント宮崎市内線で活躍する。
2007年9月、529からMCN(宮崎ケーブルテレビ)デジタルラッピング車の任を受け継いだ。
現在はダイドードリンコのラッピング。
登録番号宮崎22か 959
車種日産ディーゼルスペースランナーU-JM210GCN
製造年1992年
所属中央(営)
撮影地宮崎市デパート前 2006.11
コメント長らく延岡でJMの孤塁を守っていたが2006年春、中央に転属。
国富駐在車。
登録番号宮崎22か 960
車種日野レインボーU-RR3HJA
製造年1992年
所属中央(営)
撮影地生目台車庫 2008.1
コメントRRの2次車は角目4灯ヘッドライトで投入。
今や路線車ではエアサスが標準装備となった。
国富待合所の駐在車。
登録番号宮崎22か 961
車種日野レインボーU-RR3HJA
製造年1992年
所属中央(営)
撮影地平和台回転場 2011.12
コメントこの時期のレインボーは、お隣大分の亀の井バスのレインボーと仕様がそっくり。
エアサスかリーフサスかの違いだけだ。
国富待合所の駐在車。
登録番号宮崎22か 962
車種日野レインボーU-RR3HJA
製造年1992年
所属中央(営)
撮影地源藤車庫 2011.12
コメントこの時期のRRは採光性に優れた窓を持つ。
先輩のRJに比べて窓が大きくなった。
綾待合所の駐在車。
登録番号宮崎22か 963
車種日野レインボーU-RR3HJA
製造年1992年
所属中央(営)
撮影地宮崎駅 2012.2
コメントRRとしては最後まで銀バンパーを堅持したが、2006年冬ついに黒に塗り替えられてしまった。
アクエリアスのラッピング車。
登録番号宮崎22か 964
車種日野レインボーU-RR3HJA
製造年1992年
所属都城(営)
撮影地都城営業所 2012.5
コメント1次車の好評を受け都城に投入された2次車。
日野は運転しやすいと運転士さんにも評判がいい。
高城有水詰の配置。
登録番号宮崎22か 965
車種いすゞU-LR232J
製造年1992年
所属小林(管)
撮影地都城営業所 2011.10
コメント形式が物語るように、エアサスのLR。
2007年秋、老朽化した三菱車を置き換えるために小林に転属した。
登録番号宮崎22か 966
車種いすゞU-LR232J
製造年1992年
所属中央(営)(旧宮営グループ)
撮影地宮崎市橘橋南詰 2011.11
コメント965〜969の5台がエアサスLRで投入。
全車が旧宮営生え抜きだ。
登録番号宮崎22か 967
車種いすゞU-LR232J
製造年1992年
所属中央(営)(旧宮営グループ)
撮影地宮崎駅バスセンター 2012.10
コメントリーフサスからエアサスにマイナーチェンジされたのと同時に、馬力も若干向上している。
生目台など坂登りの多い宮営で本領を発揮する。
登録番号宮崎22か 968
車種いすゞU-LR232J
製造年1992年
所属中央(営)(旧宮営グループ)
撮影地宮崎市橘通り西3丁目 2011.12
コメント2007年の春は期間限定で宮崎国際音楽祭のラッピングを纏った。
現在は清武詰の車となっている。
登録番号宮崎22か 969
車種いすゞU-LR232J
製造年1992年
所属中央(営)(旧宮営グループ)
撮影地雀ヶ野 2012.5
コメント宮崎営業所担当の宮崎ー日南線の中型指定スジにはエアサスLRが優先的に充当されることが多い。
日南線は長距離路線なので、配車担当の配慮だろうか。
登録番号宮崎22か 992
車種三菱エアロバスU-MS826P
製造年1993年
所属日南(管)
撮影地高速都城北入口 2011.10
コメント新型エアロバス第1弾。
貸切バスに新風を吹き込み、その後の爆発的な普及はご存知の通り。
長らく宮営の貸切車だったが、現在は日南に転属している。
登録番号宮崎22か 993
車種三菱エアロバスU-MS826P
製造年1993年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2012.1
コメント新型エアロバス第一期生。
15年にわたって生産され続けたモデルなので、古臭さを感じさせない。
登録番号宮崎22か 994
車種三菱エアロバスU-MS826P
製造年1993年
所属日南(管)
撮影地飫肥 2012.1
コメント今貸切の主力として頑張っているのがこのあたりの車たち。
短距離の送迎から宿泊が絡む県外へのツアーまで活躍の場は幅広い。
県南の宮交のフラッグシップ的な車。
登録番号宮崎22か 995
車種三菱エアロバスU-MS826P
製造年1993年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫
コメント現在でも生産されているデザインなので、全く古さを感じさせない。
曲面を多用しているあたりにセンスのよさをうかがわせる。
現在は旧塗装ふうのラッピングを施されている。
登録番号宮崎22か 996
車種三菱エアロバスU-MS826P
製造年1993年
所属貸切高速(営)
撮影地新田原基地 2011.12
コメント着色ガラスが高級感を演出する。
登場から14年が経つが、貸切の主力として頑張っている。
登録番号宮崎22か 997
車種いすゞスーパークルーザーU-LV771R
製造年1993年
所属西都(管)
撮影地宮崎市吾妻町 2007.3
コメント高千穂→西都と異動した貸切車。
写真は高千穂時代のもの。
この日は団体輸送で延岡の車とともに大淀河畔のホテルに来ていた。
登録番号宮崎22か 998
車種いすゞスーパークルーザーU-LV771R
製造年1993年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2012.1
コメント997〜999がスパクルで投入。
U-世代初のスパクルだ。
新製以来西都が長かったが、県央の貸切車を源藤に集約する車両政策で貸高に転入した。
登録番号宮崎22か 999
車種いすゞスーパークルーザーU-LV771R
製造年1993年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2012.1
コメント666,777,888と来て再びぞろ目にありつけた宮交。(笑)
高鍋時代は児湯発着の県央募集ツアーに駆り出されていた為か稼働率が異常に高く、滅多に管理所で休んでいる姿を見なかった。
高鍋管理所の廃止と同じくらいに貸高に転入した。
登録番号宮崎22か 1000
車種三菱エアロバスU-MS826P
製造年1993年
所属貸切高速(営)
撮影地源藤車庫 2007.12
コメント鹿児島線「はまゆう」専用車。
空港リムジンで使われたのち、小林発着「はまゆう」の新設時に1086とともに小林に転属し専用車となった。
しかし利用客が低迷した為2007年10月に廃止され、貸切高速に転入し「はまゆう」専用車となる。
小林時代から一貫して鹿児島地区で拝むことのできる車だ。